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聖霊降臨節第9主日礼拝 (2026.7.19 説教要旨)

<誘惑> マルコ福音書 1:12~13

聖書では荒れ野について大きく2つの意味を提示しています。
1つは「神さまに敵対する悪の力の住む場所、人間の命を脅威にさらす原初的なカオスの残余」。もう1つは「荒野に存在する神」です。

聖書の荒れ野は悪の力と神様の力とが互いにしのぎを削り合う場所だとされているのです。
マタイ、ルカの両福音書では主イエスがサタンの誘惑に打ち勝ったことが書かれていますが、マルコ福音書ではサタンが去ったとも、主イエスがサタンに勝利されたとも書かれていません。
つまり、マルコ福音書では今でも主イエスが荒れ野において、サタンと闘い続けてくださっていると読み取ることができるのです。
私たちキリスト者にとって荒れ野とは「神様から離反すること」「神様なんていない」という失望に他なりません。

私たちはどうしようもない重荷を感じた時、すぐに心が折れそうになります。
それはまるで草木一本生えない荒れ野のようです。そこには様々な
誘惑に満ちています。しかし、その荒れ野において、今も神の子、主イエスご自身が悪の諸力と闘っておられます。そこには神様の御守りが満ちているのです。ですから、どうぞ自分の弱さを拒絶するのではなく、様々な思いを素直に神様に委ねて、受容の道を主と共に歩んで参りましょう。

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